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狂言記

ふねふな
〈との〉やい、こゝにいかひ川がある、〈○中略〉 〈くわじや〉是は神崎のわたしと申は、これで御ざりまする、〈との〉是はかち渡りにはなるまひが、渡守はないか、〈くわじや〉いや御ざりまする、〈との〉あらばいそいでよべ、〈くわじや〉畏て御ざる、〈○中略〉おういふなやい、〈との〉やい、そこな者、わたしならば、なぜにふねと雲てよばぬ、〈○中略〉 〈くわじや〉いや殿様に申上たい事が御ざる、あなたのつきばと、こなたのつきばお、何と申まするぞ、〈との〉それな、ふねつきといふは、〈くわじや〉さやうで御ざるによつて、おがつてんが参らぬ事で御ざる、ふなつきなどゝは申せ、ふねつきと申事は、ござるまい、それにつきまして、ふななどゝは古歌にも御ざれ、ふねと申古歌は、御ざりますまい、〈との〉いらぬおのれが古歌だてゞはあるまひか、さりながら、あらば申せ、〈くわじや〉畏て御ざる、ふなでしてあとはいつしかとおざかるすまのうへ野に秋風ぞふく、と申時には、ふなでは御ざりますまいか、