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長門本平家物語

丹波少将は、備中の国妹尾の湊、ゆく井といふ所より御船に召して、波ぢはるかにこぎうかぶ、是はいよの国夏地につきてめぐられける、たかくそびえたる遠山のはるかに見えければ、あれはいづくぞと少将とひ給へば、とさのはた、足摺のみさきと申ければ、少将思いだして、さては昔、理一と申そうありき、有漏の身おもて、ふだらくせんおおがまんとちかひて、一千日の行おはじめて、御弟子のりけんと申一人ばかり召具して、御船にめしておし浮び給ふに、むかひ風はげしく吹きて、もとのなぎさに吹返す、理一なほ行法の功おはらざりけりとて、又百日の行法おし給て、百日過ければ、聖人元より人お具してはかなふまじとて、御船に唯一人めす、かの船は、うつぼ舟なり、しろきぬの帆おかけて、順風に任す、げにもおいて事おへだて、はるかにとほざかる、