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今昔物語
三十一
越後国被打寄小船語第十八
今昔、源の行任の朝臣と雲ふ人の、越後の守にて其の国に有ける時に、 の郡に有ける浜に、小船(○○)被打寄たりけり、広さに尺五寸、深さに寸、長さ一丈許なり、人此お見て此は何也ける物ぞ、戯れに人などの造て、海に投入たりけるかと思て、吉く見れば、其の船の鉉一尺許お迫にて、梶の跡有り、其の跡馴杭たる事無限し、然れば見る人現に人の乗たりける船也けりと見て、何也ける少人の乗たりける船にか有らむと思て、奇異がる事無限し、漕らむ時には、蜈蚣の手の様にこそは有らめ、世に珍き物也と雲て、館に持行たりければ、守も此お見て極く奇異がりけり、長なる者の雲けるは、前々此る小船寄る時有となむ雲ければ、然れば其の船に乗る許の人の有るにこそは、此より北に有る世界なるべし、此く越後の国に度々寄けるは、外の国には此る小船寄たりとも不聞えず、此事は守京に上て眷属共の語りけるお聞継て、此なむ語り伝へたるとや、