[p.0651]
柳亭記

きり〴〵すといふ小舟
前段引し鱗形に、今独はいまだ美若にして、ぬれ色かわかぬ柳裏、鶯袖口とく今ぬぎて、頃日世に俳諧といふ物はやりて、是おせねば人の交りもならぬやうになりゆく、もと和歌の一体と聞けば、やさしき道にこそ、我挙屋の朝げ、土手の夕お忍ぶ心づかいに、袖より外の草葉の露、あはれふかく、いぎりすとかやいふ小舟に、簾たれこめ、はれやかならぬ心地すめれど、三つ股おめぐる夕先より、なほ凉風は通ひ来にけり、
紫の一本〈天和〉に語はの段きり〴〵す、是は二ちやう立の舟に、ちひさきおほひしたる舟おいふ吉原通ひの舟なりとあるに合せ見れば、鱗形のいぎりすは、名お聞あやまりしか、或は書あやまりしなるべし、きり〴〵すおかふ籠の如く、せばきより名づけし事は論なし、此草紙のほかに、此舟の名お載たるものお未見、