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平家物語
十一
さかろ
十六日、〈○元暦二年二月、中略、〉去程に、わたなべには、東国の大名小名よりあひて、抑我ら、舟軍のやうは、いまだてうれんせず、いかゞせんと評定す、かぢ原〈○景時〉すゝみ出て、今度の舟には、さかろおたて候はゞやと申す、判官、〈○源義経〉さかろとはなんぞ、かぢはら、馬はかけんと思へばかけ、引んと思へば引、ゆん手へも、めてへも、まはしやすう候が、舟はさやうの時、きつとおしまはすが、大事で候へば、ともへにろお立てちがへ、わいかぢお入て、どなたへもまはしやすいやうにし候はゞやと申ければ、判官、門出のあしさよ、軍には、一引もひかじと思ふだにも、あはひあしければ、引はつねのならひなり、ましてさやうに、逃まうけなんに、なじかはよかるべき、殿ばらの舟には、さかろおも、かへさまろおも、百丁千丁おも立給へ、よしつねは、隻もとのろで候はんとの給へば、〈○下略〉