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傍廂
後篇
舟の名お何丸(○)といふ事
船の名お何丸となづくる事、或人の説に、まろはもと卑下の詞にて、みづからの事おまろといへるは、我といふ義にて、後世俗にいふ拙者私などいへると同意なり、さる故にみづからの名お、何麿、某丸と称せしも、卑下の称なるお、後には親しみていふ詞となりて、草刈鎌お鎌丸といひし事、万葉集の歌にあり、小虫お蚱蜢丸(いなごまろ)、蚣蝑丸(いねつきまる)などいひし事、和名抄にあり、されば身の守りとして、たのみ思ふ剣刀の類に、小烏丸、鬼丸、友切丸などの名あり、後々は親しみ詞が美称となりて、小児の名に何丸と号けたるが、又後には高貴の嫡、また寺院の児童にのみありて、凡下の少童には憚るべき事となりにたり、大船お何丸と号けしも、万里の波涛おわたる故に、命にかけし名なりしお、後又美称となりて、ちひさき舟には号けがたき事となりにたり、〈○中略〉されば丸は卑下より親愛に移り、親愛より美称にうつりたるなり、外に故ある事にはあらず、