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我おもしろ

船と筏の論船と筏は陰陽にして、文と武にたとふべし、船は馬の如く、智者の如し、筏は牛のごとく、仁者の如し、船は広大にして、又多端也、蒼海お走る大船あれば、泉水お漕ぐ小舟あり、長河お流るゝ高瀬舟あれば、大河お横たふわたし舟あり、丁子の薫る家根舟あれば、鼻お抓む葛西舟(○○○)あり、せきこんだる猪牙船あれば、うごかざる石船あり、湯船は浴するに足れども、茶船は茶おのむによしなし、茶菓子にならぬ饅頭舟は、永久橋の名にも似ず、大学の五章とともに今は亡びたり、狸にあらぬ土船お見ては、岡なるかとうたがひ、水船おのぞんでは、底なきかと怪しまる、船の数のおほき事は、いふもさら也、筏は禅の気骨有て、一すぢに九年も流るゝおもひなるべし、終には岸につき、えいとうえいとうの声に其身お放下して、万本の筏も、隻一本の鳶口ばかり残り、筏士は陸路おへて家に帰る、こや万法一に帰すといふ、本来の真面目なるべし、