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三条家装束抄


毛車
太上天皇以下、四位以上通用、非参議は、榻お立ざるよし西宮抄に見へたり、但太上天皇、四位以上是お用といへども、庇、半蔀、物見、簾以下に付て、各差別ある事なり、
檳榔なき時は、菅お用る説あり、〈○中略〉
文明十八年、将軍家、〈○足利義尚〉新調車、当家より注進せしむる目録、
榔檳毛の車
箱、〈物見なし、輦戸あり、前後高欄あり、〉棟の表袖の表左右、檳榔お懸る、〈腰蓑あり〉簾、〈濃蘇芳の竹、紫の編糸、錦縁、裏の縁、紫の唐綾七緒なり、大臣以下差別なし、〉下簾、〈蘇芳末濃、納言以上是お懸、参議以下是お用ひず、大長さ九尺五寸、裏差の糸あり、一幅三所三針さし也、〉畳、〈繧繝縁、引懸筵あり、前後同じ、〉鞦、〈平〉榻、〈親王大臣黄金物、納言参議黒金物、〉遣縄、〈白布、是お打て二重に取て、中央に付る、別の緒にて牛の鼻に是お付る、〉
将軍家
建久元年十二月二日、鎌倉の右大将、〈頼朝〉直衣始の参内に、檳榔毛車お用ひらる、
建武元年十一月廿九日、等持院将軍、〈○足利尊氏〉参議の拝賀に、檳榔毛車お用ひらる、
文明十八年七月廿九日、常徳院将軍、〈○足利義尚〉大将の拝賀に、新調の檳榔毛の車お用ひらる、
諸家
康治二年九月八日、斎宮啓行の日、宇治左府、〈○藤原頼長〉大納言の大将にて、檳榔毛の車にのる、
暦応四年正月朔日、中院大納言参内に、毛車お用ゆ、