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三条家装束抄


半蔀車
院、摂関、親王、大臣、大将、是お用るなり、但納言の大将は差別あり、其体式記に、網代〈棟の上、物見の上下、例の網代なり、文鞆絵、〉半蔀の上白き網代、〈文なし、裏小格子、或記、例の網代と雲々、〉袖は白き網代、〈漆お以て文お画く〉物見の板、立板、下張、簾、物見簾、畳鞦、榻等、網代の庇のごとし、半蔀の上の金物銅黄、外の金物、関戸の金物等、黒赤の銅の散物、内の金物、並に雨皮付栗形あり、簾懸半蔀等の金物銅黄、
将軍家
元暦元年十二月九日、鎌倉の右大将、〈頼朝〉先日院〈○後白河〉より賜ふ、半蔀の車に駕して院に参る、摂家
安元二年二月五日、月輪関白、〈○藤原兼実〉御賀の後日参内に、右大臣にて半蔀の車お用ゆ、