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草茅危言
別駕車之事
一上国に、平地任載の小車あり、京師にて地車と称す、是は泛称にて的切ならず、大坂にてはべか車と呼ぶ、何の義たるお知らず、江都にては、なきよしに聞り、果して然りや、其形状小くして、板にて造りたる両輪お用ゆ、輪のわたり三尺に近かるべきか、輿は平らかにして前後に長く、前の端はおのづから両轅おなせども、轅もやはり輿の内なり、木石お運ぶの用とし、それより他物おも積て広く用ひ、一推一挽、二人にてすむ、軽任は一人にても弁ず、甚だ簡易便利の器と雲べし、べかと名付しこと、愚意お以てこれお推すに、この車手お放せば、前後軒軽して、平になりて居ず、可杯の類にて下におかれぬと雲より、べく車と呼たるが、一転してべかとなりしか、又は狗の子おべかと雲ふ和訓あり、世に形状の似て然らざるものお狗とよぶ、狗蓼狗山椒の類是れなり、この車は任載の牛車大八車などに似たるゆえ、狗車と雲べきお、ひねりてべかと呼ぶにや、愚は新たに意お以て別駕とするのみ、通用の文にはあらず、それはともあれ、愚は又創意おもて、この車お道中駅次の人馬不自由なる所に用ひ、或は宿々にみな用意して、人馬つかへの時に出し用ひたきものとす、二駄分は心よく一両に積べし、諸侯の往来などに、家中の乗掛おに駄分前後に積て、中に両人並座し、談話おしつヽ行るべし、雨天には荷お平かに並べ、両人わかれてその上に座し、乗掛合羽お用ゆべし、川ある所は、浅きはそのまヽに渡るべし、ちと深きは荷おおろし、車力の者かつぎわたり、人おも負わたし、空車にて通すべし、荷の積卸も、馬とちがひ簡便にて、又両人あれば、尚さら手闇の入ことなし、車力も肩背の労お省き、駕籠お舁、徒荷おかつぐよりも勝手なるべし、賃銭は一両にて一駄半ほどの定めならば、旅人も人足も、ともに利あるべく、駅場より少しづヽのかヽりものお賃銭より取て、車お作り修るの料とすべし、これみな多少の便ならずや、