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平家物語
十一
一門大路わたされの事
大臣殿〈○平宗盛〉の牛かひは、木曾〈○義仲〉が院参の時、車やりそんじてきられたりし、次郎丸がおとゝ、三郎丸にてぞ有ける、西国にてばかりおのこに成たりけるが、鳥羽にて判官〈○源義経〉に申けるは、とねり牛かひなど申者は、いやしき下らうのはてにて、心有べきでは候はねども、年比めしつかはれまいらせ候し、御ゆるされおかうむつて、大臣殿の御さいごの御くるまお、今一度つかまつり候はゞやと申ければ、判官情ある人にて、もつともさるべし、とう〳〵とてゆるされけり、三郎丸なのめならずによろこび、じんじやうにしやう束き、ふところより、やりなは取出てつけかへ、涙にくれて、行さきはみえね共、牛の行にまかせつゝ、なく〳〵やりてぞまかりける、