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柳亭筆記

おろせ
上方にて駕籠かく者おおろせといふ、或人の曰、昔駕籠かく者が、おもくばおろせと雲歌おうたひてかきたりしが、中昔より歌おばうたはず、たゞおほせ〳〵とかけ声にしたるより、おろせといふなりとぞ、完文年間に刊行せし、独吟集に、〈前〉麓への道にて連れも一休み、安静、〈附〉おもくばおろせおろせしばらく、同、此句は駕籠といふ事なければ、たしかには聞えがたけれど、是よりさき明暦年間印本、野良虫の序に、〈○中略〉それは四条川原のかぶき子の事にては侍らぬかといへば、大手お打て笑ひて、さればとよ、そのかぶき子といふ者、去年今年就中はびこりて、〈中略〉かのやつばらのとろ〳〵眼にたらされて、芝居終れば、東山にともなひ、あんだ乗物にのせられて、はい〳〵おろせおろせといさみすゝむ雲々とあるに、てらしあはせて考れば、そのことのやうに思はる、此事引書も見いでず、考もたらざれど、まづ心おぼえに書のせておきつるなり、
貞享五年辰色里案内島原条に、卸(おろせ)とは此里の籠かき也、揚屋茶屋など、銀払の請合するものなり、