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落穂集

以前御当地男女衣服之事
一問雲、於御当地貴賤男女衣服等の儀は、以前と隻今と相変儀は無之候哉、答雲、左のみ替りたる儀は無之候、但我等〈○大導寺友山〉の承伝たる儀有之候、〈○中略〉七十年計以来は、〈○中略〉軽々の者の女房むすめなど迄も、乗物に乗不申候では不協如く罷成候、右女乗物(○○○)の儀に付、我等老父儀、杉浦内蔵允殿と心やすく有之候が、或日の朝用事有之、早天に見舞申候処に、玄関の上の間に於て、杉浦殿、高声お被致候付、不審に存候て、其間へ参り、是は早朝より何事お被仰候やと申候得ば、杉浦殿被申候は、其元にも兼て被存候通、我等儀は朝起お致すに付、毎朝玄関より座敷辺お見廻り候処に、使者の間の窻より覗き見候得ば、門下に新敷女乗物の有之候付、門番お呼尋候処、夜前我等の家来婚礼おとゝのへ候が、其女の乗来候乗物の由申に付、其者お始め家来共お呼出し、談義おのべ聞せ申事に候、権現様参河に被遊御座候節、我等祖父は知行五百石被下置、御奉公申上候節、妻お呼むかへ候刻、譜代の家来に負木と申物おもたせ遣はし、女房にはかづきおかぶらせ、件の負木に腰お懸させ、後に負せて呼迎へ候との事に候、然るに我等などの家来の身として、女房お呼候とて、めつきの星金物など打たる乗物にのせて、呼迎へ候如く成、うつけたる事が有ものにて候哉、去に依て件の乗物おば、女の親元へ返し候共、又は近所の町屋へ遣はし、払物に成共致べく候、我等のやしき内にとても置せ候事不罷成、若又乗物に不乗して協不申と女房申に於ては、親元〈江〉送り帰し候共、又は夫婦づれにて、我等方お出候共、其段は勝手次第に致し候得と申事に候、〈○下略〉