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古今要覧稿
時令
むつき〈正月〉 むつきは正月の和名なり、日本書紀〈神武紀〉四十有二年壬寅春正月とみえたるぞ、正月おむつきとよみし初なる、武都紀多知(むつきたち)、波流能吉多良婆(はるのきたらば)と〈万葉集〉みえ、二条の后のとう宮のみやすむ所ときこえける時、むつき三日おまへにめしてと〈古今和歌集春歌上〉見え、むつきたつしるしとてやはいつしかとよもの山辺にかすみ立らんと〈躬恒秘蔵抄〉見え、正月むつき、高き賎き、ゆきヽたる故に、むつみ月といふと〈清輔奥義抄〉いひしは、はじめてむつきの義お解に似たり、正月むつきと〈八雲御抄〉みえ、正月、睦月、睦或作尼、新春親類相依娯楽遊宴、故雲睦月也と〈下学集〉雲へるも、奥義抄によりしなるべし、正月はとしの始の祝事おして、しる人なるはたがひに行かよひ、いよ〳〵したしみむつぶるわざおしけるによりて、この月おむつび月となづけ侍り、その言葉お略して、む月といふとぞきヽ及びしと〈世諺問答〉みえ、正月むつき、睦の意にて、むつましく親族朋友も、相したしめばいふ事、旧説のごとく成べしと、〈類集名物考〉弁ぜり、然るに平田篤胤曰、むつきはもゆ(萌)月なり、もゆの約むなり、これ草木の萌きざすおいふ、きさらぎはくみ(芽)さら月にて、それよりいや生といふ順なりといへり、この説古人未発なり、賀茂真淵が一月(ひとつき)お牟月(むつき)といふは毛登都(もとつ)月てふ事なり、毛都の約は牟なれば、しかいふといへるはおぼつかなし、正月お初春と〈和名類聚抄〉いひ、又異名おさみとり月と〈躬恒秘蔵抄〉いひ、暮新月と〈俊頼朝臣莫伝抄〉いひ、年初月と〈同上〉いひ、初空月と〈蔵玉集〉いひ、霞初月と〈同上〉いひ、初春月と〈同上〉いふも、みな異名にして、後世にいできしところなり、もとの起りは、躬恒秘蔵抄よりはじまれることならんお、俊頼朝臣みづから歌およみたまひて、月々の異名おいひ初しなり、それより中昔にいたりては、蔵玉集などにのせたる異名も、おなじく歌によませ給ふが、そのまヽ異名となれるながら、またく蔵玉集の月々の異名は、異名おもとめたまひて、歌によみたまふとおもはれぬる故は、定家卿、家隆卿なども、月々の異名の歌およまれ、後鳥羽院御製も蔵玉集に載られたれば、仰おかうむり奉りて、よまれしとみえたり、歌がらも、其月々の時候、又は景物など、とりどりに読こまれたれば、あたらしく、月々の異名およみいだされし事としられたり、又西土にて、ものにみえしは、正月上日と〈尚書俊典〉いふ、是正月おいふ名目の物に見えし始なり、正月は月の初なり、又月正元日〈同上〉と書る也、元日もおなじく日のはじめなれば、もとつ日といへる義にて、元日と書る也、元年春王正月と〈春秋〉いふも、物正しきの義にとりていふなり、正月謂之端月と〈史記〉いひ侍るも、正月といふと義おなじ、端正の二字、いづれもたヾしき義なれば、文字おかへて端月とかけるなり、玉燭宝典も正月為端月といへり、又孟春之月、日在営室〈礼記月令〉いひ、また正月お為陬と〈爾雅〉いふは、正月の別名といふべし、郭璞曰、以日配月之名也といへり、又摂提貞於孟陬と〈離騒経〉いふも、正月の事也、正月お曰孟陬と〈元帝纂要〉いひ侍るも、離騒によりしなるべし、又曰、孟陽、上春、開春、発春、献春、首歳、献歳、発歳、初歳、肇歳、方歳、華歳と〈同上〉いひ、また正月律名あり、これお太簇と〈拾芥抄〉いひ侍るも、其音角、律中太簇と〈礼記月令〉いへるによられしなり、太簇の義解は、劉熙釈名、班固白虎通にくはしく弁あり、ゆへにこヽに略せり、又芳春、青春、陽春、三春、九春と〈元帝纂要〉みえたれども、あながち正月の月にあつるにもあらずして、春の三月おすべていへる名目と、おしはからる、さてまた正月お一月と書る物、ふるくよりみえたり、附説曰、正月者、古文尚書雲、一月也と〈玉燭宝典〉見え、また漢書表亦雲、一月鶏鳴而起と〈同上〉みえたれども、是正月お一月といふべからざる証あり、杜預春秋伝注雲、人君即位欲其体元以居正、故不言一年一月とみえたるぞ、正しき拠とすべし、故に和漢ともに、人君即位の年おさして、元年とさだめ、年月のはじめおさして、正月といふ、