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古今要覧稿
時令
やよひ〈三月〉 やよひとは三月おいふ、日本書紀〈神武紀〉の訓に、はじめてみえたり、中むかしよりして、やよひの文字弥生と〈奥義抄〉かけり、草木のいやおひしげれる比なればいふなるべし、やよひにうるふ月の有ける年と〈古今和歌集詞書〉いひ、草木いよ〳〵おふる故にいやおひ月といふお、あやまれりと〈奥義抄〉いひ、一切草木芽至此月弥生、故雲弥生也と〈下学集〉いひ、草木の弥生てふよし、古説のごとく成べしと〈類聚名物考〉いひ、万物弥生するなりと〈跡部光海翁説〉みえたり、三月おやよひ月といふは、草木いやおい月也、二月に芽おはり、三月にしげる故に、弥生といふと〈語意〉いひ、やよひ、三月おいふ、弥生の義、よとおと通ず、春三月お生(む)月、気更来、弥生と次第したる名成べしと〈和訓栞〉いへるぞ、げにもとおもはるヽ説なり、本居宣長いひけらく、凡て月々の名ども、昔より説共あれど皆わろし、其中にたヾ三月お弥生なりと雲類のみは、よしと〈古事記伝訶志比宮巻〉みえたり、弥生は古今人々の説々同一致なれば、義論はいさヽかもなき也、扠異名は暮春と〈和名類聚抄〉いひ、律名お沽洗と〈拾芥抄〉みえしは、律中沽洗と〈礼記月令〉みえしによられしなり、さはなつきと〈秘蔵抄〉いひ侍るも、此月の異名なり、又花津月と〈莫伝抄〉いひ、夢見月とも〈同上〉いひ、花見月、桜月、春惜月とも〈蔵玉集〉いへり、西土にては、季春と〈礼記月令〉いふも、此月なり、又宿と〈爾雅〉書るも別名にして、三月得丙、則曰修寎、と〈同上〉みえたり、季春之月、其音角、律中姑洗と〈淮南子〉いひ、三月其名青章と〈史記〉いひ、三月お暮春、末春、晩春と〈元帝纂要〉いひ、三月季春、暮春、載陽、華節、寎月、末垂と〈事物別名〉みえたり、いづれも此月の別名なり、