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古今要覧稿
時令
さつき〈五月〉 さつきは五月の和名なり、日本書紀、〈神武紀〉万葉集〈夏雑歌〉等にみえたり、これよりいとふるく神代に、五月の文字みえたるは、いはゆる昼如五月蠅(ひるはさばへなす)而沸騰(わきあがる)之雲々と、〈日本書紀神代巻〉みえしぞ始なる、さてさばへなすわきあがるとみえしは、此月にかぎりて蠅多く群がれる事おいへるならん、さて五月蠅、此雲左魔陪(さばへ)〈同上〉と、みえたるおもて考ふるに、五月の二字お以て、さと訓ずるは、五十鈴姫命(いすヾひめのみこと)と〈同上〉見えたる、五十の二字、いといふにおなじく、二字一言なり、しかれば五月おさとのみもいふべけれど、月の名にとなふる故に、さつきと訓たり、さは小なる義なり、すべて物小なるお、さヽやかといひ、小石おさヾれといへれば、さなへ(小苗)月といふべきお中略して、さ月とはいふなるべし、猶卯花月おうづきといふが如し、さなへといふは、文字早苗とのみふるくより書たれども、小苗の義しかるべし、いかにとなれば、早苗ははや苗の義也、はや苗といふは、今いふ早稲(わせ)の事なり、歌にかつしかわせなどよめる、わせといふべきお、早稲、晩稲おしなべて、苗お植るお、さなへとるといふは、わせおくての差別なきに似たり、早稲の苗お植るお、早苗とるといはヾあたれり、晩稲の苗お植るお、早苗とるとはいふべからず、さなへとはささなへといふ語の、下略とおもはる、小苗と書せば、早稲晩稲おしなべて、さなへとるといひてもしかるべし、凡さなへ植る事は、土地により早晩の差別はあれど、大かたは五月にもはら植るなり、古人さ月の訓義おとくこと、まち〳〵なれども、多くさなへ植月といふ義に説おたてヽ、さなへの訓義に、心づかざりしなり、さて万葉集より後の書に、さつきといふ名目のみえしは、古今集さつきまつ山ほとヽぎすと、よめる歌おはじめとして、後撰集、拾遺集以下代々の勅撰に出たり、五(さ)月といふ義お解るは、田うふる事、さかりなる故に、早苗月といふお誤れりと、〈奥義抄〉みえしぞはじめなる、八雲御抄には、五月さつきとのみしるし給ひ、又五月、さつき、さみだれ月なるよし古説にみゆ、されどもさみだれおさとのみ一言にいふ事、あまりの略言にや、此月お早苗の頃とすれば、さなへの略言かともみゆ、既に或説にしかいへりと〈類聚名物考〉いひ、五月おさつきといひ、又世の人今もなおつヽしむべき月也などもいふ也、此月の事は、旧事記にみえし所なれば、古の時の名也けむともしらるヽ也、さつきといふ事は、早苗とる月なれば、早苗月と雲しお、さつきとはいふ也といふ説も、いかヾあるべきと〈東雅〉いへるはいぶかし、五月稲苗月也と〈跡部光海翁説〉いひ、五月の和名おさつきといふ、田うふる事、さかりなるゆへ、さなへ月といふと〈日本歳時記〉いひたり、此月の異名も授雲月、又たぐさ月と〈秘蔵抄〉いひ、賤男染月、又月不見月、又橘月、吹喜月と〈蔵玉集〉いへり、さて又仲夏と〈和名類聚抄〉いひしは、星火、以正仲夏と〈尚書尭典〉いへるにより、蕤賓と〈拾芥抄〉みえしは、ともに礼記月令によりし名目なり、