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古今要覧稿
時令
ながつき〈九月〉 ながつきは九月の和名なり、さて皇国にてこの月の名始めてみえしは、戊午九月(ながつき)甲子朔戊辰と〈日本書紀神武紀〉しるせるぞはじめなる、しかれども此前より、此月の名目のみにあらず、月々の和名は有しなるべし、歌にふるくよめるは、石田王卒之時、山前王哀傷作歌に、角障(つぬさはふ)、石村之道乎(いはれのみちお)雲々、九月能(ながつきの)、四具礼能時者(しぐれのときは)、黄葉乎(もみぢばお)、折挿頭跡(おりてかざすと)雲々と〈万葉集巻第三雑歌〉みえたり、猶同集に、ながつきとよめる歌数多あり、挙にいとまあらず、扠なが月の解おなせるは、みつね忠岑にとひ侍ける歌に、よるひるの数はみそぢにあまらぬおなど長月といひ初けん、とよめる答に、秋ふかみ恋する人のあかしかね夜おなが月といふにやあるらむ、〈拾遺和歌集巻第九雑下〉とみえたるお初にて、九月夜漸くながき故に、夜長月といふお誤れりと〈奥義抄〉いひ、長月夜の長き時分也と〈下学集〉いひ、九月、なが月、古説に夜の長きおいふとあり、さもあるべきと〈類聚名物考〉いひ、ながつき九月おいふ、長月の義、夜長月ともいへりと〈和訓栞〉解るも、皆拾遺和歌集の歌の意とおなじく、此月分て夜の長ければ称せるなり、然るお加茂真淵は、九月おなが月と雲は、伊奈我利月の上下お略きいへり、稲は九月に苅おさむる也と〈語意〉いへるお、本居宣長は是によりて、師の考に九月は稲苅月なりといひ、又九月は稲熟(いねあかり)月にてもあらんか、但し賀お濁るは、刈にても熟(あかり)にてもいかヾなるは、音便にて濁るか、はた異意か決めがたしと〈古事記伝訶志比宮巻〉いへり、凡秋三月みながら稲の事もて、月の名お成事、既に七月八月の考にいひ置り、又此月の異名お、いろどり月と〈秘蔵抄〉いへるお始として、菊開月、紅葉月と〈莫伝抄〉いひ、小田刈月、寝覚月と〈蔵玉集〉いへり、