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古今要覧稿
時令
秋 秋は飽なり、秋おあきと訓ずるは、穀食あきみてる義にとれり、和語の訓例みなしかり、此国もとより、万国にすぐれて、豊饒の国なれば、秋は百穀成熟し、国人の食物飽満る意お以て、時名となせしなり、抑伊奘諾尊伊奘冊尊二神国おうみたまふ時、大日本豊秋津洲おうみたまふと〈古事記、日本書紀、〉しるされ、千五百秋瑞穂之地と〈日本書紀一書〉みえたり、是みな皇御国の名なり、此御国おかく名付しも、神代よりの事なれば、神意お以て名おなせしなるべし、さすれば其国名の意趣はかりがたしといへども、つヽしんで按に、神祖百穀豊饒の国お生たまひ、その名に豊といふ文字お上にかぶらせ、豊秋津洲、又豊葦原千五百秋瑞穂之地などいふ類、みな豊字はゆたかなる意なり、又瑞穂之地といふも、穀物豊饒の意にとりての国名とおもはれぬ、秋は其時節の穀、春夏冬の三時より、多くあきたる義なるべし、故に西土にても、浩〈陳氏〉が曰、秋者百穀成熟之期、此於時雖夏、於麦則秋、故雲麦秋といへるなどお、合せ考れば、秋とは穀物によりて、訓義おとくかた、しかるべきなり、ことに秋字禾に従へるおもて、かた〴〵穀物成熟の義にかヽるべし、また管子に、歳有四秋といふ事みえたり、所謂春之秋、夏之秋、秋之秋、冬之秋、是四時に配当し、万物の成収お以て、秋といふなり、其語曰、農夫賦耜鉄、此謂春之秋、大夏且至、糸絖之所作、此謂夏之秋雲々、五穀之所会、此謂秋之秋雲々、紡績緝縷之所作、此謂冬之秋と〈管子〉見えたり、これみな穀物成熟の義よりおこりて、庶物成収の上までも、秋と雲義にはなりしなり、されば五穀之所会、此謂秋之秋とみえたる文辞にて、秋の秋たる義、穀熟より秋といふ義、起れる事いと明かなり、又竹秋蘭秋といふ文字、広韻にみえたり、是等もみな前文の意と、秋字の義おなじきなるべし、故に百谷各熟為秋、故麦以孟夏為秋と〈蔡邕月令章句〉見えたり、又秋お開明の義にとるも一考なり、白石曰、古語にあきといひしごときは、速秋津姫(はやあきつひめ)、また速開都咩(はやあきつめ)としるされし例によらば、これも開の義にやとりぬらん、義未詳と〈東雅〉いひ、和語に秋おあきと訓ぜしは、あきらかなりといへる意なりと〈日本歳時記〉いふに、続節序記の説も同意なり、西土にてもこれらの義も、同じき事どもあり、雲既浄而天高と〈虞世南賦〉いふ、雲浄天高は、これ開明の義なり、又潦為収而水潔と〈同上〉いふも、上句と同意にして、天時共に時気すみて、清明なる意なり、こヽおもて按に、天地の時気あきらかなる義にて、あけとふも、一説とやすべき、あけはあかき也、赤色おあけ色といふ、草木すべて紅葉する、是色にあらはるヽなり、夜明といふ明も、よあきの義、あけ、あき同きなり、明字、日に従ひ、月に従ふの文字にて、日月の照す所、あきらかならずといふことなし、天気以急、地気以明と〈尚書大伝〉いふ、前文に弁ずるに同じきなり、又秋為白蔵と〈爾雅〉いふお、郭璞注曰、気白而収蔵とみえ、又素秋、素商、素節と〈元帝纂要〉いふも、秋の別号なり、素字は白字とおなじく、しろしと訓ずれば、もとづくところは、白蔵といふによりしなるべし、此名目もあきらかなる義にして、明白などと熟字するも、この意にて、これら又一説なり、