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麓の花

陸奥国の五節風俗 すべてとにかくにつけ、遠き国には古への事も伝はり、かつ質朴にすなおなるいとめでたし、東国旅行談巻の三曰、出羽国庄内領の町家、在々まで古風の作法あり、往昔は日本国中皆かくのごとくにてありしとかや、五節句ともに、三方お用ゆることなり、正月は橙子、萆薢(ところ)、藻塩草、根松、薮柑子、芝朶(うらじろ)、喰積台これなり、当所の海には海老なし、寒国ゆへ蜜柑もなし、三月には桃の花と草の餅お積合す、五月は粽お三方の内へのるほどにこしらへて、五つづつ把て載る、七月七日は梶の葉おしきて、素麺おのする、九月は菊の花に餅なり、家々かくの如し、家内には鶴亀松竹、また宝尽しなどの目出度もやうお染たる暖簾お、中の間に二間三間ばかりの間にかけて、手代麻上下お著し、其まへに座し、件の三方お礼者のまへに出し、礼おうくる、〈◯中略〉余〈◯山崎美成〉このことおもて、友人堀尚平にかたらく、尚平ぬしは奥州南部の産なり、かの国にもこの事ありと、されど少しづヽのかはりめあり、七月梶の葉に素麺おもるお、まくはうりおもるといへり、