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塩尻
三十三
年号改元の式、戦国擾乱の時、故実の家名記多く亡て、〈賢按、是元亀応仁の乱後、〉古法陵夷し、元和の頃までは異朝の年号お取用ひて、勘文の御沙汰もなかりしにや、寛永以来旧にかへりしも、大平のすがた也、〈元和改元の時まで、地下の学者も庭上に参りしが、故ありて今はさる事なしとかや、〉
◯按ずるに、応仁以後、異朝の年号お用いしこと、唯元和あるのみなり、此説誤れり、