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栄花物語
二十四若枝
はかなくて万寿二年正月になりぬ、〈◯中略〉枇杷殿〈◯妍子〉には、ことし大饗せさせ給はんとていそがせ給、女房なにわざおせんといひおもひたれど、このたびのことには、ものぐるほしく、さまあしき事なくて、たヾうるはしうとの給はするに、〈◯中略〉関白どの〈◯藤原頼通〉の大饗は廿日なるべし、このみやのは廿三日とさだめさせ給て、われも〳〵おとらじまけじと、急ぎのヽしりたり、〈◯中略〉かくてびは殿のみやには、廿二日のよさり、廿三日のあかつきなどにぞ、さとの人々まいりこむ、廿二日に、寝殿の東のたいなどの御装束、関白殿の大饗にことにかはるべきにもあらねど、御ひき出物の程かはる、又上達部のはじめは、東の対につかせ給て、のちは御まへの南おもてのすのこにこそはおはすべければ、さやうの事こそかはるべき、其日になりぬれば、日ごろいつしかとまちおもひたりつる、わかき人々はまた人のきぬのいろにほひにやおとらん、まさらんのいどみむねさわがしかるべし、〈◯中略〉扠まいりこみぬれば、寝殿のみはしのまに、御几帳うるはしくたてさせ給て、そのにしのまよりわた殿より、又にしの対東南おもてまで、ひとまにふたりづヽいたり、みはしの東のかたより東ざまにおれて、水のうへのわたどのまでいたり、かずはしらずおしはかるべし、関白殿参らせ給さま、御随身おどろ〳〵しうめでたしと見る程に、小野宮のおとヾ〈◯藤原実資〉のまいり給ふおみれば、〈◯中略〉まづ東のたいのもやに、西むきにつきたまへり、殿上人は南のひさしにつきたり、もやはみなみおかみにし、ひさしはにしおかみにしたり、事どもとヽのほりぬる程に、みなれいのさほうにて、〈◯中略〉拝礼はてヽ、左大臣にてこの関白殿おはしませば、それおさきとして、いとうるはしうのどかにあゆみて、寝殿の東おもてのみはしよりのぼり給て、南の階の東西お一の座にて関白殿、つぎに小野宮の右のおとヾつき給ひぬ、つぎに中宮大夫などさしつヾきなみいさせ給ぬ、〈◯中略〉おはしましいて、このみすぎはおたれも御らんじわたせば、このにようばうのなりどもは、やなぎ、さくら、やまぶき、かうばい、もえぎのいついろおとりかはしつヽ、ひとりに三いろづヽおきせさせ給へるなりけり、ひとりはひといろおいつつ、三いろきたるは十五づヽ、あるは六づヽ七づヽ、多くきたるは十八廿にてぞ有ける、このいろいろおきかはしつヽなみいたるなりけり、あるはからあやおきたるもあり、あるはおりもん、かたもん、うきもんなど、いろ〳〵にしたがひつヽぞきためる、うはぎはいつへなどにしたり、あるは柳などのひとへは、みなうちたるもあめり、から衣どもの色みなまたこのおなじ色どもおとりかはしつヽきたり、裳はみなおほうみなり、〈◯中略〉殿ばらあさましう、めもあやにて、かたみに御めおみかはしあきれたまへり、〈◯中略〉おまへには、ひんがしのらうのまへのかたに、やヽにしにいでヽ、がく人どもヽ候、おまへのひたきやのもとの梅の、人しげきけはひの風にちりくるかほりもめでたし、れいのさほうの楽人四人づヽいきて、万歳楽、太平楽などまふほど、いみじうおもしろし、がくのおとなどもおりからにや、すぐれてめでたう聞えたり、楽人ども、おまへのかたのみすぎはおうちまぼり、楽あぐる心ちも興ありて、物のねいとおもしろし、小野宮のおとヾ、関白殿にさしよりきこえ給て、おもしろき事ども、めでたき事ども、いまも年へぬる人はおのづから見る物也、いざけふの女房のなりのやうなる事こそまだ見はべらね、たヾかヽる事は、あさましうけしからずぞありけるなど申給へば、関白殿うちほヽえませ給ふほども、みすの内には何事ならんと、すヾろはしう思ふべし、一日の関白どのヽ大饗おぞ、とのヽありさまよりはじめ、えもいはずめでたしと思ひしに、かれはやみの夜なりけり、けふはあきらかなるかヾみにさしむかひたる心ちしてこそは、わがはづかしければ、さやうにこそはおぼえ侍れ、〈◯中略〉まづけふは、よろづのことのあまりいたうつくろはるヽに、いとわびしやなどの給も、いとさま〴〵おかし、〈◯中略〉日のくるヽ程に、所々のはしら松どもに、またてごとにともしたるひかりどもなどの、ひると見ゆるに、〈◯中略〉殿ばらいまは御あそびになりて、いみじうおかしきに、夜にいりたり、ものヽねども心ことなり、御かはらけに、花か雪かのちりいりたるに、中宮大夫うち誦し給、梅花帯雪飛琴上、柳色和煙入酒中、又たれぞの御こえにて、御かはらけのしげヽれば、一盞寒灯雲外夜、数盃温酎雪中春など、御こえどもおかしうての給にほひにか、けふは万歳千秋おぞいふべきなどの給ふもあり、さま〴〵おかしくみだれ給ふ、