[p.0733][p.0734]
総見記
十四
甲戌歳旦御酒宴御肴事
天正二年甲戌正月元日、歳旦の嘉儀お祝し、在岐阜の大身小身、皆々出仕御礼お勤けるに、信長公御機嫌宜敷、三献の御酒宴あり、其後又此肴にて一献めぐらすべきの由、御諚有て、黒漆の箱お取出され、列座の中に指置き給ふ、柴田勝家是お見て、いかなる御肴にて御座候ぞと申上る、信長公自身其箱の蓋お御ひらき成され候へば、金銀の薄にて濃付たる白頚三つあり、各札お付られて、朝倉義景、浅井久政、同長政三人の頚なり、出仕の面々皆以、あはれ是はよき御肴と申上る、信長公御諚には、何れも大身小身の面々、多年軍功お励し、忠節お尽すに依て、此三敵お亡し、今春は心安是お肴にして、酒お酌の時に至れり、何れも各の満足、我等が大慶不過之と被仰、それお肴にして、列座の面々又盃おめぐらさる、剰刀脇指銘の物、数おつくし取出され、大身小身それ〴〵にあたへ被下ければ、各忝奉存候由、悦び合て退出しけり、