[p.0844][p.0845]
塵袋

年始賞餅事年始には人ごと餅お賞玩するは、何にの心かある、餅は福のものなれば祝に用ふる歟、昔豊後国球珠郡にひろき野のある所に、大分郡にすむ人、その野にきたりて家つくり、田つくりてすみけり、ありつきて家とみたのしかりけり、酒のみあそびけるに、とりあへず弓おいけるに、まとのなかりけるにや、餅おくヽりて的にしていけるほどに、その餅白き鳥になりてとびさりにけり、それより後ち次第におとろへてまどひうせにけり、あとはむなしき野になりたりけるお、天平年中に、速見郡にすみける訓邇と雲ける人、さしもよくにぎわひたりし所のあせにけるお、あたらしとや思ひけん、又こヽにわたりて田おつくりたりけるほどに、その苗みなうせければ、おどろきおそれて、又もつくらずすてにけりと雲へる事あり、餅は福の源なれば、福神さりにける故に、おとろへけるにこそ、福の体なれば年始にもてなすべし、二人むかひて餅おひきわるおば、福引と雲ならはせるも、ゆへなきに非る歟、又内教には餅の名お福生菓と雲ると雲へり、