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栄花物語
十一莟花
長和三年に成ぬ、正月一日よりはじめてあたらしく、めづらしき御ありさまなり、あらたまの年たちかへりぬれば、雲の上もはれ〴〵しうみえて、そらおあふがれ、夜のほどにたちかへりたる春のかすみも、むらさきにうすくこくたなびき、日のけしきうらヽかに、ひかりさやけくみえ、もヽちどりもさえづりまさり、よろづみな心あるさまに見え、枝もなかりつる花も、いつしかとひもおとき、かきねの草もあおみわたり、あしたのはらも、おぎのやけばらかきはらひ、かすがのヽとぶひの野もりも、よろづよの春のはじめのわかなおつみ、こほりとく風も、ゆるく吹てえだおならさず、谷のうぐひすも、行すえはるかなるこえにきこえてみヽとまり、ふなおかのねの日の松も、いつしかと君にひかれて、万代おへんと思て、ときはかきはのみどりの色ふかくみえ、もたひのほとりのちくえふも、すえのよはるかにみえ、はしのもとのさうびも、なつおまちがほになどして、さま〴〵めでたきに、てうはいよりはじめてよろづにおかしきに、宮の御かたの女房のなりども、つねだにあるに、まいてものあざやかにかほりふかきもことわりとみえたり、