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ひともと草
江戸の元日     円正恭
年たちかへる空は、いづこもめづらかなるものから、わきてあづまの江戸の賑はしさ、いへば今さらにくだ〳〵しけれど、おもひつヾくればさまことにや、霞け関の北にかまへられたるみとのみくるわの石垣、たかうそびえたるうへに、生つらなれる松どもの色やう〳〵しらみゆくほど、ねぐらの鳥打はぶきたるにあはせて、櫓にかけたるつヾみ、明ぼの告げ渡るこえうち出たるは、漁陽の三檛もさばかりにやと、いみじう聞ゆるまにまに、みかど〳〵引あくるより、とのもりの人、竹ひきならしけいめいし、さわぐもいはんかたなし、三家、三卿のきんだちお始めまいらせ、みくにうどの国の守、又はけいしのつかさくらい、むねと時めける人々、つぎ〳〵下づかさにいたるまで、あけ紫の色々其の品にしたがへる直衣えぼうし上下など、とり〴〵さうぞきたてヽ春のはじめのことぶき啓したてまつらんとて、いそぎまうのぼる、おのがむれ〳〵つらみだれず、打物鑓いし〳〵のぐいかめしう引続け、さきおひいそぎまいるなん、何よりことに珍らかにして、かヽるわざはいづこのとつ国にあべきみものともおぼえず、げに武蔵野のひろきおほん恵に、よもの民くさなびきつかふまつるさま、ことわりにおもひたまへらるヽもかしこくなん、町くだりの家はよべおきあかしたるまヽに、やり戸もはなたず、すだれおろしこめ、しめやかに見入らるヽは、初夢むすぶ人もありなましとゆかし、又初春の折にあひたるものあきなふ家は、門きよらにはらひあけ、くさ〴〵のもの花やかに、よそひならべすえたるもあり、大路はのどやかに松たてわたし、家ごとに、もちい、わかな、おほねなどあつものにてうじ、朝気いはひ、小松、うちあはび、ほしぐり、ねり柿なのりそやなにやと、洲浜にまうけすえて、入くるまらうどおもてなしかしづく、とその袋くれないに、もちいの鏡白う色はえたるもとり〴〵につきせず、かたみにさうぞき行かひ、春のことぶきいひかはすもめでたし、それが中にはまんざいといふ者、年ごとに三河国よりきつヽことぶきいふも立まじりたる、えぼうし素袍引かけ、とひなれたる家にかならず入来て、鼔うち歌ひはやしたる、さうかのけうさくなる、れいの事ながらうちえまるヽかし、まいて節分などにあたりたるとしは、ひヽらぎいわしのかしら門にさしわたし、くるヽお待あへず豆打ちらし、鬼おふ声きほひよぶもにぎはし、かたいはとしいみはらふとて門にたち、さるがう事どもいひすてヽ行、神のおまへのともしびあかうかヽげ、すびつに火いみじうおこしそへて、夜おもるさまにさうぞきたるも、とり〴〵つきせず、すべて此国のみつのあしたなんこヽに生れて、とし月なれぬれど、猶ふりがたうかみさび、昔おぼゆるてぶりは、あかずめづらかにあるわざにぞ、