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甲子夜話

前に安藤侯の門松は、故事あつて官より立らるヽことお雲へり、後此事お聞くに、或年の除夕に、神君〈◯徳川家康〉安藤の先某と棊に対し、屡々負たまひ、又一局お命ぜらる、某曰、今宵は歳尽なり、小臣明旦の門松お設けんとす、翼くは暇お給はらんと、神君曰、門松は吏お遣て立べし、掛念すること勿れ、因て又一局お対せられて、神君遂に勝お得玉しと、自是して依例官吏来て門松お立つとなり、又今安藤侯の門松お立るとき、御徒士目付其余の小吏来る、其労お謝するに、古例のまヽなりとて、銅の煉鍋にて酒お出し、肴は焼味噌一種なり、これ当年質素の風想ひ料るべし、