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安斎随筆
前編十四
一宝舟絵 壬寅正月、予が家に賀客来る、床に禁裏にて用ひ給ふ宝舟の絵お懸置たるお、客見て、宝舟絵予は不用也、此絵お用ひたればとて、福の来るべき理なし、無益の物也と雲、 貞丈雲、天下万国の人情、皆凶禍お悪み、吉福お好む事は一同也、故に年始にも吉福お祝すべき物お用て、賀事に備ふる者也、宝舟の絵実に無益の物也といへども、是お用ひたりとて、人道の害にならざる物なれば、禁止するに及ばず、用るも捨るも人の心に任すべし、凡人道に害ある物は、世俗に用ゆる物也とも固く禁止すべし、世間に、正月は樗蒲〈かるたと雲〉お打つ事あり、是博奕なり、是人道に害ある物也、堅く禁止すべし、宝舟お無益と雲意にては、門に松竹お立るも無益也といはん歟、松竹お立る事人道に害なし、都鄙貴賤ともに是おもつて治世お賀する祝物とする事、我国の風俗也、凡人道に害なき事は、其国其世の風俗に随て、戻る事なきは聖人の教に協ふもの也、理学お好む人は、宝舟お悪むごときの偏見あり、理に落入て、理おもつて我見識おしばり屈むる故偏見出る也、