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弁内侍日記

正月〈◯宝治三年〉十五日、月いとおもしろきに、中納言のすけどの、人々さそひて、南殿の月見におはします、月華門より出て、なにとなくあくがれてあそぶ程に、あぶらのこうぢおもての門のかたへ、なおしすがたなる人のまいる、いとふけにたるに、たれならむ、皇后宮大夫の参るにやなどいひて、つまへいりてみれば権大納言殿也、いとめづらしくて、兵衛督どのだいばん所にて、あひしらひ給ふほどに、まことやけふは人うつひぞかし、いかヾしてたばかるべきなどいひて、出給むみちにて、いかにもうつべし、いづかたよりかいで給はんおしらねば、あしここヽに人おたヽせむとて、〈◯中略〉こめいちのしやうじのもと、御ゆどのヽなげしのしもの一間に、勾当内侍どの、みのどの、きりみすのもとに、中納言のすけ、兵衛督どの、年中行事のしやうじのかくれに、少将弁などうかヾひしかども、あかつきまで出給はず、いとつれなくおぼえて、すけやすの少将して、なにとなきやうにてみすれば、殿上のこ庭の月ながめてたち給へるといふ、兵衛督殿日の御ざの火どもけちて、くしがたよりのぞけば、殿上のかべにうしろよういしていたまへり、かくしてしけむもねたし、なにとまれつえにかきつけて、くしがたよりさしいださばやなど、さまざまあらますほどに、夜もあけがたに成ぬ、いかにもかなはず、つひにあぶらのかうぢの門のかたよりいで給ぬと聞もかぎりなくねたくて、しろきうすやうにかきて、つえさきにはさみて、おひつきてつかはしける、少将内侍、
うちわびぬ心くらべのつえなれば月みて明す名こそおしけれ〈◯下略〉