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源氏物語
二十三初音
ことしは、おとこたうかあり、うちより朱雀院にまいりて、つぎに此院にまいる、道の程とおくて、夜の明がたに成にけり、月のくもりなくすみまさりて、うす雪すこしふれる庭のえならぬに、殿上人なども、ものヽ上手おほかるころほひにて、ふえの音もいとおもしろくふきたてヽ、このおまへはことにこヽろづかひしたり、御かた〴〵物見にわたり給べく、かねて御せうそこどもありければ、左右のたい、わた殿などに、御つぼねしつヽおはす、にしのたいの姫君は、寝殿の南の御かたにわたり給て、こなたのひめぎみに、御たいめん有けり、上もひとヽころにおはしませば、み木帳ばかりへだてヽきこえたまふ、朱雀院きさいの宮の御かたなどめぐりけるほどに、夜もやう〳〵あけゆけば、みづむまやにて、ことそがせ給べきお、例あることよりほかに、さまことにことくはへて、いみじくもてはやさせ給ふ、影すさまじき暁月夜に、雪はやう〳〵ふりつむ、松かぜ木だかく吹おろし、物すさまじくも有ぬべき程に、あお色のなへばめるに、しらがさねの色あひ、なにのかざりかはみゆる、かざしのわたは、にほひもなき物なれど、所がらにやおもしろく心ゆき、いのちのぶるほどなり、殿の中将の君、内の大殿の公達、そこらにすぐれてめやすく花やかなり、ほの〴〵と明行に、ゆきやヽちりて、そヾろさむきに、たけかはうたひて、かよれるすがた、なつかしき声々の、絵にもかきとめがたからんこそくちおしけれ、御かた〴〵いづれもいづれもおとらぬ袖ぐちども、こぼれいでたるこちたさ、ものヽいろあひなども、あけぼののそらに、春のにしきたち出にける霞のうちかとみわたさる、あやしく心ゆくみものにぞありける、さるはかうこじのよばなれたるさま、ことぶきのみだりがはしき、おこめきたることも、ことごとしくとりなしたる、中々なにばかりのおもしろかるべきひやうしも聞えぬ物お、例のわたかづきわたりてまかでぬ、夜あけはてぬれば、御かた〴〵かへりわたり給ぬ、