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日本歳時記
三三月
三日 今日艾糕お食し、桃花酒おのみ、艾糕お親戚におくる、 今日艾糕おくらふ事お考るに、荊楚歳時記に、三月三日鼠麹(はヽこぐさ)の汁お取て蜜と合せ粉に和す、名付て竜舌粄〈音板、米餅なり、〉といふ、これお食すれば厭時気としるせり、又本草に、鼠麹、調中止洩除痰、圧時気、去熱嗽、雑米粉食甜美なりとあり、これお以て見れば、もろこしには鼠麹糕お用るとみえたり、又文徳実録第一巻に、田野に草あり、俗に母子草と名づく、二月に始て生ず、茎葉白してもろし、三月三日に婦女これお取て蒸し、搗て以て糕とす、伝えて歳事とすといへり、しかれば我国にも、いにしへは鼠麹糕お用ひしと見えたり、いつの比より、鼠麹お用ひずして、艾お用ひ来りしにや、又錦繍万花谷にいへるは、周の幽王の時、或人草餅おつくりて幽王に奉る、幽王その味の美なることお感じて、この餅珍物なり、宗廟に献ぜば、周の世大に治り、遂に太平お致べしといへり、後人此事お相伝て三月三日に草餅お作り祖霊にすヽむ、草餅のおこり是よりはじまれりとなん、しかれども此説たしかなる出所お見ず、ことに幽王のかくいへりしとて、つたへて歳事とすべき事にもあらず、たヾ附会の説なるべし、信ずるにたらず、歳時記の説お以て正とすべし、