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骨董集
上編下前
雛の仮字の事 契冲雑記に、ひヽは、ひヽと聞ゆるこえ、なは、鳴かといへり、古言梯も此説によれるにや、鳥の子のひヽと鳴音もて名づくるなるべしといへり、又或説に、宇津保物語〈藤原君の巻〉に、巣おいでヽねぐらもしらぬひな鳥もなぞやくれゆくひよとなくらん、とあるにて、ひよとも、ひヽともなくものゆえに、ひヽなといふことわりしらるといへり、玉かつま〈巻十〉の説は、これらにたがへり、ふるくひいなといへるは、ひもじおひきていふなれば、かなはひいなとかくべきお、いとかけるはたがへりといへり、おのれ〈◯岩瀬醒斎〉此説によりて、しばらくひいなのかなおもちふれども、釈日本紀、〈巻二十四〉比売那素寐(ひめなそび)の釈に引る私記のことばに、比々奈遊(ひひなあそび)とあり、江家次第〈巻十七〉立太子の条にも、比々奈とかける古例あれば、ひヽなとかくもわろきにはあらざるべし、されどひヽと鳴義とさだむるときは、ひヽなは本なり、ひなといふは略言にて末なるに、鳥の子お、ひな、ひな鳥などはいへれど、ひヽなと物にかけるおいまだ見あたらず、ふるきものにも、人形のたぐひ、すべてちひさくつくれる物のみお、ひヽなとかけるは、末お本とせるに似たり、又人形のたぐひお、ひなとつヾめていへるも、ふるき物にはすくなし、たま〳〵斎宮女御集〈下巻〉に、ひな社とあれど、契冲師の校本お見れば、古本には、ひヽなやしろとあるよしにて、ひきなほしたり、又御堂関白御集のことばがきに、たかまつのきみの御もとより、ひなやまいらせ給ふとてとあれど、下の詞がきには、わかみやの御ひヽなやに雲々とあれば、上にひなやとあるは、おぼつかなくぞおぼゆる、かく末お本にせるにて、ひヽなのかなにもうたがひなきにあらず、又ひヽとなく義とせる説おやぶりて、和名抄に比奈とあるお、本の名とせんときは、玉かつまの説のごとく、ひもじおひきていふなれば、ひいなのかなならまし、おのれがおろかなるこヽろには、いづれおよしともさだめがたし、