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甲子夜話

世に雲には、木下氏の〈備中の足守侯〉もとには、人の長ほどある雛人形(○○○○○○○○○○)あり、太閤秀吉のものにして、今彼家に伝ふと、視し人の語お屡聞けり、然るに木下氏に問たると言し人の語お聞くに、如斯き大偶人はかの家には有らずと、然れば太閤伝来と雲こと虚説なりと思しに、或日、木下三之丞〈今の足守侯〉訪来て物語せし中に、彼ひヽなのことお問たれば、是は秀吉公のものと雲は非なり、吾が先代肥後守後長久と雲しが、〈予が叔母真隆夫人の夫なり〉造りたるものなり、成ほど人の長よりも大きく、二間の処に一対お置くべきほどなり、今は女子お嫁せし水上織部と雲ふ人のもとに、その娘持行しと語りし、いかにも如斯大偶人は罕なるべし、大仏殿のことなど思比べて、太閤のものなど世人の附会せしなるべし、