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守貞漫稿
二十六
三月三日
上巳と雲、又桃花之節なる故に、婦女子は桃の節句と雲、〈◯中略〉今世今日三都ともに女子雛祭す、〈◯中略〉古も高貴の児女は、雛の調度と雲て、膳椀の類、其外も小形に製し、又善美にも造り、人形も精製なるもありしならん、〈◯中略〉蓋古民間には、紙土偶等お並べ、諸器も木葉、蛤売等お用ふの類なるべし、近世迄、雛祭には物お供ずるに、蛤売お用ひしと聞り、今三都は蛤お供すも、昔売お用ひし遺意ならん、〈◯中略〉
京坂の雛遊は、壇二段ばかりに赤毛氈お掛け、上段には幅尺五六寸、高も同之許りの無屋根の御殿の形お居へ、殿中に夫婦一対の小雛お居へ、楷下左右に随身二人、及桜と橘の二樹お並べ飾るお普通とす、又近年豆御殿と号け、尺許にて屋根ある物お造り飾るもあり、他は准右也、調度の類は簟笥長持、其多くは庖厨の諸具お小摸して飾之、江戸より粗にして、野卑に似たりといへども、児に倹お教へ、家事お習はしむるの意に協へり、膳部は蝶足膳お専とす、今日雛膳及び食事にも、必らず蛤お用ふお例とす、江戸は正月蛤お用ひ、今日雛膳に必らず栄螺お用ふ、
江戸は壇お七八楷とし、上段に夫婦雛お置く、蓋御殿の形お用ひず、雛屏風の長尺許なるお立廻し、前上には翠簾或は幕お張り、其内に一対雛お飾る、二段には官女等の類お置く、又江戸には必らず五人囃子と号け、笛、太鼔、つヾみお合奏する木偶お置く、必らず五人也、或は音楽の形お作り、多くは申楽の囃子也、其以下の棚には琴、琵琶、三絃、碁、将棊、双六の三盤、御厨子だな、黒棚、書棚、見台、篳笥、長持、挟箱、鏡台、櫛筥等の類、皆必ず黒漆ぬりに牡丹唐草の蒔絵あるお普通とし、或は別に精製して、定紋に唐草お金描し、或は梨子地蒔絵の善美お尽すあり、凡て京坂より雲上華美結構也、庖厨の具等は希也、総蒔絵、女乗物、或は御所車あるもあり、近年は台時計の形さへ摸造して売之、〈◯中略〉江戸の雛及調度、ともに其制精美なる故にや、古雛古調度おも売之、諸所の古道具店にて、上巳前専ら売之、又十軒店等にても売之中店あり、蓋新古店お別にす、京坂にては古雛古調度お売買すること極て希とす、