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骨董集
上編下前
後の雛 後の雛の事、古き物にいまだ見あたらず、元禄以後の事なるべし、滑稽雑談〈正徳三年撰〉巻十七に雲、後の雛〈九月九日〉和国の女児ひな遊びおなす事、古き物語にも出たり、上巳の節に拠あるよし、三月の部に記す、今又九月九日に賞する女児多し雲々、俳諧是お名付て後の雛とす、其上巳に対して謂る也、晋子十七囘、〈享保八年刻〉乗物の歩みすくなき後の雛、といへる附合の句あり、されば正徳享保の比は、すでにありし事也、今も京大坂などにはあるよしなれど、三月の如くするにはあらず、雛お一〈つ〉二〈つ〉出してかたばかりなり、それもなべてにはあらずとなん、吾山が朱むらさきに、いづみの堺にもあるよし見えたり、 播州室の辺には、八朔にひなお立る所ありと或人いへり、其実否はしらず、