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古今要覧稿
時令
あやめの湯〈蘭湯〉 あやめの湯は、菖蒲の根葉おきざみて湯に入て、五月五日に浴する事なり、しやうぶの根沐浴に入る事、本草又大戴礼月令などといふ書に侍ると〈世諺問答〉見え、五月五日、昌蒲の御湯御行水ありと〈殿中御対面記〉見えたり、是は菖蒲の功能多くあるのみならず、可作浴湯と、本草に出たるによれる也、いはゆる開心孔、補五臓、通九竅、明耳目、出音声雲々、久服軽身、不忘不迷惑、延年益心智、高志不老雲々、四肢湿痺不得屈伸、小児温瘧身積不解、可作浴湯と〈本草綱目〉見えたるにても、貴薬なる事しられたり、しかはあれど、殿中御対面記、世諺問答等によるに、四百年以降の遺風なり、又蘭湯に浴する事も此日なり、五月五日採蘭、以水煮之為沐浴と〈拾芥抄〉見えしは、蓄蘭為沐浴と〈夏小正〉いへるによれるなり、しかれば蘭湯に沐浴する事は、周世よりの遺事なり、夏小正は周公旦の手に成しよしいひ伝へたり、又楚辞、大戴礼、歳華紀麗等にも蘭湯の事見え、其外騒客の詩賦に載たれば、西土にては、専ら端午には蘭湯に沐浴せし事としられたり、菖蒲の事は、本草綱目に見えしのみにて、外に所見なく、且そのうへに端午のみにかぎりたるには非ず、病症によりて可作沐浴よし記したり、偖皇国にては、二百年来、都鄙の良賎、おしなべて菖蒲湯に浴せり、近代は又五日六日両日ともに、あやめの湯おたきて入湯せり、京師にては端午屋担にふく所の菖蒲おとりて、六日に湯となすよし〈花実年浪草〉記せるは、古くはなき事ながら、五日の夜の露お受たるお用るは、金門記にいへる、神水の説によるとなり、さはあれど世諺問答に、五月五日しやうぶおもちいるいはれは何のゆえぞ雲々、酒中に入、或は帯にし、あるひは沐浴に入侍る雲々といへるによれば、むかしは五日に限れる事としられたり、