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古今要覧稿
時令
あやめざけ〈菖蒲酒菖華酒〉 菖蒲酒は、あやめの根の一寸九節のものお取てこまかにきり、縷のごとくになして、さけに汎て五月五日に飲ば、瘟気或は蛇虫の毒おさくるよし、和漢ともに所見あり、いはゆる取菖蒲根七茎各長一寸、漬酒中服之と〈拾芥抄〉記せり、世俗はたヾ根節の数に拘らず用い侍れども、一寸九節のもの猶験あるよし〈荊楚歳時記、千金方、本草綱目、〉いへり、一説に、一寸のうちに、百ふしあるしやうぶあり、かのしやうぶ万病おいやすと〈世諺問答〉いへるは、いづれの書に拠りしにや、いまだ其出所お詳にせず、偖酒中に浸し用る菖蒲に、功能多あり少あり、池沢に生ずるものは泥蒲也、渓澗に生ずるものは水蒲也、水石間に生じ、葉に有剣脊〈◯脊一本作背、下同、〉者、石菖蒲也と〈本草綱目、群芳譜、〉見えたるお以て考ふれば、其生ずる所によりて、各名あるなり、此水石間に生ずるものお撰びとりて、酒に浸し用べきなり、これ真の石菖蒲にして、功能枚挙すべからず、くはしくは本草に見えたり、しかるお近世は、池沢渓澗おきらはずして用い侍るは、甚だ無稽なり、必ず水石間に生じ、葉剣脊ありて、一寸九節のものお撰びとりて用いば功験あらはるべし、世俗は盆に水おたくはへ、石上に植るものお石菖とすれど、これは本草にいはゆる銭菖なり、葉にも剣脊なくして、細小なるお以て銭菖の名あり、真の石菖蒲は長さ二尺の余に及べり、又菖花とて菖蒲の花おも酒に浸し、端午に用る事あり、菖華汎酌尭樽緑なりと、章簡公端午帖子に見えたり、