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都名所図会

四条河原夕凉は、六月七日より始り、同十八日に終る、東西の青楼よりは、川辺に床お儲け、灯は星の如く、河原には床机おつらねて、流光に宴お催し、濃紫の帽子は河風に翩飜として、色よき美少年の月の明きに、おもはゆくかざす扇のなまめきて、みやびやかなれば、心もいとどきそひて、めかれせずそヾろなるに、妓婦の今お盛といろはへて、芙蓉も及ばざる粧ひ、蘭麝のこまやかに薫り、南へ行北へ行、淹茶(だしちや)の店に休ふては、山吹の花香に酔お醒し、香煎には鴨川の流れお汲んで、京の水の軽お賞し、かる口咄は晋の郭象にも勝れて、懸河の水お注が如し、物真似は函谷関にもおとらぬかや、猿の狂言、犬のすまひ、曲馬、曲枕、麒麟の縄渡は鞦韆の俤にして、嗩吶(ちやるめら)の声かまびすく、心太の店には滝水奄々と流て暑お避、硝子の音は珊々と谺(こだま)して凉風おまねく、和漢の名鳥、深山の猛獣も、こヽに集て観(みせもの)とし、貴賤群おなして川辺に遊宴するも、御祓川の例にして、小蠅なす神お退散し、牛頭天皇の、蘇民将来に教給ふ夏はらへの遺法なるべし、