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甲子夜話
二十四
世の有様は、今と昔とは変るものなり、予〈◯松浦清〉十歳頃より十八九ばかり迄は、両国の納凉に往き、或は彼の辺お通行せしに、川中に泛る舟いく艘と雲数しらず、大は屋形船、小は屋根舟、其余平た船、にたり舟抔雲ふも数しらず、或は侯家の夫人女伴花の如く、懸灯は珠お連子たるが如き船数十艘、この余絃管、闘拳、唱歌、戯舞に非ざるは無し、故に水色灯光して、映に繁盛甚し、この間に往々一小舟ありて、大なる鼔お置き、節操もなく、漫に累撾し、その喧噪雲ばかりなしこの舟必ず絃詠謡曲、或は唱舞する船の傍に到て鼔お打て大叫す、人以て妨としてこれお避けしむれども退かず、止むことお得ずして、金銭お与へて退かしむ、鼔舟これお受け、乃退て又隣船の傍に至て然かす、隣船も又この如くす、或は金お得ること少ければ退かず、遂に数金お獲に至る、世これおあやかし舟と呼き、寛政に諸般改正せられてより、風俗一変し、この舟絶てなくなりぬ、今三十余年お過て、世風寛政の頃とも大に違へれど、彼舟などは竟に昔にかへることなく、今知人も希なり、又両国川のさまも、屋形船は希に二三艘、屋根舟も処々往来すれども、多くは寂然僅に絃歌するも、有るか無きかなり、たま〳〵屋形船の懸灯は川水お照せども、多くは無声の船のみ、年老たるは悲むべけれども、昔の盛なるお回想するに、かヽる時にも逢しよと思へば、亦心中の楽事は、今人に優るべき歟、如何、