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増鏡
十三秋のみ山
七月〈◯元亨二年〉七日、乞巧奠いつのとしよりも御心〈◯後醍醐〉とヾめて、かねてより人々に歌もめされ、ものヽねどもヽこヽろみさせ給ふ、その夜は例の玄象ひかせたまふ、人々の所作ありし作文にかはらず、笛篳篥などは殿上人どもなり、板の程にさぶらひてつかまつる、中宮もうへの御局にまうのぼらせ給ふ、御すのうちにも琴琵琶あまた有き、播磨の守ながきよの女、いまは左大臣の北方にて、三位殿といふも筝ひかれけり、宮の御方の、はりまの内侍も、おなじく琴ひきけるとかや、琵琶は権大納言の三位どの、〈師藤大納言女〉いみじき上手におはすれば、めでたうおもしろし、蘇香万秋楽のこるてなく、いく返となくつくされたる、あけがたは身にしむばかり、わかき人々めであへり、さらでだに、秋の初風は、げにそヾろさむきならひおことはりにや、御遊はてヽ文台めさる、此たびは和歌の披講なれば、その道の人々、藤大納言為世、子どもむまご共引つれてさぶらへば、うへの御製、
 ふえ竹のこえも雲いに聞ゆらし今宵たむくる秋のしらべは、すむことなかるめりしかど、いづれもたヽ、あまの川かさヽぎのはしより外は、めづらしきふしは聞えず、まこと実教の大納言なりしにや、
 おなじくばそらまでおくれたき物のにほひおさそふ庭の秋かぜ、げにえならぬ名香の香どもぞ、めでたくかうばしかりし、