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蘭使日本紀行

通例霊魂お祭るは、八月〈◯太陰暦七月〉に於て、二日間之お修す、其式左の如し、夜中各様の画彩ある灯お檐頭に掲げ、市中或は野外に出づ、蓋し信心者あり、又遊観者あり、暗に乗じて外出し、迷游せる霊魂お迎ふ、適好の地に至て、敢て有形物お見るに非ざるも、之に逢ふと仮想し、之に向て告て曰く、善く来れり善く来れり、余待つこと既に久し、請ふ休憩せよと、則ち為に食物お供す、又曰く、遠路来著、疲労察すべしと、米、果実、及他の食品お地上に排列す、然れども温湯お供することなし、此の如くすること一時頃にして、則ち食し終ると為し、延て我家に誘ひ、之お清室に請じ、盛膳お供す、此の如にして、既に二日お経れば、街上炬火お焚き、霊魂暗夜帰路に迷ふお照らすなり、此の如くにして、衆人皆帰家するとき、家背に瓦礫お投じ、霊魂の遺存隠匿お防ぐなり、何となれば、霊魂逗留すること二日以上に宣ることあれば、復び極楽に赴くの機会お失し、地獄に至る可ければなり、今炬火お焚くこと盛なれば、風雨あるも、路に迷ひ、歩お失すること勿らしむる為なり、