[p.1261][p.1262]
日本歳時記
五七月
十三日 今夜世俗の人、なき魂の来る夜とて火お燃し、門外に出て迎る事あり、愚夫愚婦はせむるにたらず、士君子たる人も、習て察せざるにや、仏氏の説にまどひ、実に今夜祖先の神霊来臨すとおもひて、かヽるよしなき事おなす人多し、いと口おしき事にぞ侍る、されば五雑俎にも、中元の朝、父祖お喪せし子孫たる人、冠服お著て門外に出、空お望て揖譲し、神お導て入、祭畢て又これお送て出、孝思の誠お尽にいたれども、戯にちかしとあれば、もろこしにも、かヽる事の侍るにこそ、 十五日 今日お中元と雲、国俗蓮葉飯お製して、来客に饗し、親戚におくる、〈◯註略〉又きのふ父母先祖の墓お掃除し、今日墓お拝し、昨夜今宵墓前に灯籠お燃す、〈月令広義に、中元夜置具度亡、放水灯といふ事侍るも、これに似たる事なり、〉みづから家にては素食し、先祖考妣の霊牌お出して、飲食おそなへ、酒果おつらねて祭る、もろこしにも又如此なるにや、夢華録に、七月十五日、祖先お供養し、素食して墳墓お拝すとあり、これ浮屠の説にしたがひて、かくのごとし、ならはし来ること久しといふとも、聖人の道においては、此礼義なし、正道に志ある人は、なんぞ改ざるべき、〈朱子のいはく、韓巍公、俗節祭、処得好、但、七月十五日、用浮屠設素饌、某不用、〉もし又やむ事お得ずして、俗にしたがはんとならば、先祖の霊前に飲食おそなへ、墓前に行て拝し、墓前に灯籠おば燃すべし、先祖の霊前に食お奉るに、疎薄にして、祖先おないがしろにすべからず、凡今夜は世俗こぞりて、親なき人は墓に行て拝し、親ある人は、そのもとへゆきてまみゆ、親ある人はけしきうるはしく、おやなき人はけしきうれはしくて、たのしみ悲みはるかに異なり、