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桃源遺事

一西山公〈◯徳川光国〉或とき御歩行の序に、何方善兵衛が祖母の家にたちよらせ給ひし、折節七月十三日なりし、彼老女盆棚おかざり置候が、位牌ども計おならべて、其前にいろ〳〵の供物お備へ、本尊は何も見えざりければ、かやうにはせぬもの也、もろ〳〵の供物お如来に献じ奉り、其功徳によつて、そのこヽろざす所の霊魂昇脱することなり、板や有と御尋候に、しかるべき板も御座なく候よし申上候へば、門にうち候大般若の札お御取寄、御小刀にて御削り給ひて、
  袍休(ほうく)蘭羅仏
薩達磨芬陀利伽素(さつだるまふんだりきやそ)多覧 日蓮大士〈天地万霊有縁無縁〉
  釈迦牟尼仏
かくのごとく御認め、盆棚へ懸候へとて下し置れ、玉まつりのいはれ御物語なされ聞せられし、〈彼札は、老女死後善兵衛事久昌寺へ納め申候、〉