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駿台雑話

二人の乞児〈◯中略〉 又加賀の国に野田山とてあり、前田家先祖以来代々こヽに葬る、故に家中の諸士も、死すれば其麓に葬らざるはすくなし、さる間中元には、家々より墓前に灯籠お具ふ、毎歳の事なり、厚禄の家こそ、仮屋お造り、人おつけ置て守りもすれ、其外は大かた夜ふくれば、ともし捨て帰りぬるに、下部の悪党ども来て、火お打けし、蝋燭お奪取けり、側に乞食とおぼしき者、こもおかぶりて臥し居たりけるが、それお見て、人の祖考のためとて、墓にすヽめける物お、さやうに狼藉する事あるべからずと制しけるに、悪党ども、もろともに罵て、こもおかぶる身として、いらぬ事おいふ奴かなといひしに、その乞食きヽて、各が今するやうなる事おせぬ故に、こもおかぶるといひしとぞ、