[p.1312][p.1313]
古今著聞集
四文学
東三条院関白太政大臣、〈◯藤原兼家〉九月十三夜の月に、東北院の念仏に参給へるに、夜もうちふけて、世の中もしづかなるほどに、斉信民部卿おめして、今宵たヾにはいかヾやまん、朗詠有なんやと仰られければ、いとかしこまりて、しばし煩ふけしきなるお、人々耳おそばだてヽ、いかなる句おか詠ぜんずらんと待程に、極楽の尊お念ずる事一夜とうちいだしたりける、たぐひなくめでたかりけり、此句かきたる斉名、やがて御供にさぶらひけり、我句おしもさばかりの人の朗詠にせられたりける、いかばかり心の中のすヾしかりけん、此句は、勧学会の時、摂念山林お賦する序なり、
 念極楽之尊一夜、山月正円、 先句曲之会三朝、洞花欲落、
これは三月十五夜の事なり、九月十三夜に詠ぜられける、いかにとおぼゆ、但念仏の義ばかりにとれるにや、古人の所作、仰而可信歟、