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源平盛衰記
三十三
平氏九月十三夜歌読事
九月〈◯寿永二年〉十三夜に成ぬ、今夜は名お得たる月也、秋も末成行ば、稲葉お照す電の、有か無かも定なく、荻の上風身にしみて、萩の下露袖濡す、海士の篷屋に立煙、雲井に昇面影、葦間お分て漕船の、波路遥に幽也、十市の里に搗砧、旅寝の夢お覚しけり、よはり行虫音、吹しほる風の音、何事に付ても、藻にすむ虫の風情して、我から音おぞなかれける、更行秋の哀さは、何国もと雲ながら、旅の空こそ悲けれ、冷行月にあくがれて各心お澄しつヽ、歌およみ連歌せられけるにも、都の恋しさあながち也、会紙お勧めけるに、寄月恋と雲題にて、薩摩守忠度、
 月お見しこぞのこよひの友のみや都に我お思ひ出らん〈◯中略〉各加様に思つヾけ給ひても、互に御目お見合て、直垂の袖おぞ絞られける、