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塩尻

一駿府に住し者かたりしは、府中の十二月節分の日は、暮前より市井蔀おおろし、あるじ豆おいりて、家々はやし侍る也、さて浅間の社に神人多く出、儺ひの豆お打て、本社よりはじめ、末社末社一同に手お以て御戸お擊事火し、町へは地震のやうに聞ゆ、これお聞て家々一時に豆おうち、戸外に出て、家の内の男のかぎり、戸々己が蔀おたヽく事、物いふ音も聞えず、雷同してしばしすさまじ、かヽる事しらぬ旅人は、宿にて大に驚く者多しといへり、処々の風俗、世にしらぬ事多かる、