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甲子夜話

先年のことなり、御城にて予九鬼和泉守〈隆国〉に問には、世に雲ふ、貴家にては節分の夜、主人闇室に坐せば、鬼形の賓来りて対坐す、小石お水に入れ吸物に出すに、鑿々として音あり、人目には見えずと、このことありやと雲しに、答に、拙家曾て件のことなし、節分の夜は、主人恵方に向ひ坐に就ば、歳男豆お持出、尋常の如くうつなり、但世と異なるは、其唱お鬼は内、福は内、富は内といふ、是は上の間の主人の坐せし所にて言て、豆お主人に打つくるなり、次の間おうつには、鬼は内、福は内、鬼は内と唱ふ、此余歳越の門戸に挟むひヽら木、鰯の頭など、我家には用ひずとなり、これも亦一奇なり、