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農業全書
十一附録
凡飢饉年の兆おば、智ある人は夏の中にもはや見及ぶべし、猶七月末八月初には慥に見ゆる物也、されども民は愚なるものにて、其年なみ五こくの色お見て、飢饉お悟り、早く身持お引かへて勤る事おしらず、先秋の実り出来ぬれば悦びいさみて、春のききん餓死すべき事おも弁へず、心にまかせ飲み食ひ、万の物お用にしたがひ求るゆへ、春の蓄へたらずして、年明れば頓て飢る者おほし、〈◯中略〉 前に記すごとく、飢饉の兆は初秋には必しるヽ物なり、農の総司より其下なる役人に委しく言しめし、農民の食物お倹約せしむべし、扠蕪菁お多く種さすべし、畠の地ごしらへ段々念お入れ、少延引すとも、糞もかれ、地もされたるよし、凶年には虫多き事あり、其ゆへ殊に地ごしらへよくすべし、若甫のなき所ならば、早田中田の跡お委しくこしらへ用ゆべし、必力おつくし、人々相応に多く蒔べし、〈こえお農人じぶんにもとめかぬる事あらば、役人より借銀才覚してつかはすべし、〉猶後の手入れこやしに心お用ゆべし、次に大根おも多く蒔べし、地ごしらへ右にいふごとし、蕪と大こんは、小きよりまびきて汁にもし、長ずるにしたがひ、食物に加へて穀物の助とすべし、よく農人おさとし、秋初より覚悟し、蕪大こんお多くうへなば、たとひ領主のめぐみ薄しといふとも、貧民までも餓死のうれへなかるべし、 又凶年には、そら豆おも多く種べし、麦より少はやくいできぬれば、麦に取つく時の助と成べし、 農人つね〴〵蕪大根のたねお余分に蓄置べし、なみの年にてもおほく作り立、農人これお用ひて、冬春麦に取つヾくまでの穀食の助とすべし、