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世事百談
食せずして飢えざる法 串柿お糊の如くにして、蕎麦粉お等分にまじへ、大梅ほどの大さに丸じ、朝出づる時二三お用ひなば、一日の食事になれり、もし蕎麦粉なき時は、餅米の粉にてもよろし、又三色あはせても用ふべしと、安斎漫筆にあり、また芝麻一升、糯米一升おともに粉にして、棗一升お煮て、それへ二味おこねまじへ、団子として一丸食すれば、一日飢に及ばずと、白河燕談にあり、猶これらの法あり、予〈◯山崎美成〉曾てきけるは、白米一斗お井籠に入れ、百度蒸し干しおき、一握づヽ毎日水にて三十日のめば、死ぬまで一切の食物くひたからず、〈寿世保元〉黒大豆およくむして一日食物おくはず、翌日かの黒大豆お食し、外の食物おくふことなく、渇時は水お飲むべし、如此一年ほどすれば、後には一切の食物おくふことなくて仙人となる、〈博物志〉黒大豆五合、胡麻三合、水に一夜浸し蒸すこと三度、さてよく干して二色ともに、手にて皮お取り舂きくだき、拳の大さほどにつくね、甑の中に入れて、戌の時より子の時まで蒸して、あくる日寅の時に取り出し、日に干付けて食ふべし、拳ほどなるお一食へば、七日飢えず、二食へば四十九日飢えず、三食へば三百日飢えず、四食へば二千四百日飢えずして、顔色おとろへず、手足の働き少しも常にかはることなし、〈王氏農書〉この三方は唐土にて飢饉の時に、多く人お済ひたる名方なりといへり、因に雲、人の通はぬ谷底、又は井の中などへあやまちて落ち入りたるか、あるひは海上にても一切の食物なきところにて、命おつなぎ、しかも身体気力おとろへざる方、寿世保元に、口に唾お一はいためてはのみこみ、又ためては飲みこみ、かくの如くする事、一日一夜に三百六十度飲みこめば、何十日へても飢えずといへり、これにつきて話あり、正徳のころのことヽかや、奈良宗哲といふ人、武蔵に住みしおりから、常にこヽろやすく交る僧の祈願ありて、七日断食して礼拝行道す、同行の僧一人あり、彼僧に右の唾お飲みこむ方お教ふ、彼僧ふかく信じて相勤む、同行の僧はあざけり笑ひて、これお用ひず、行法六日に至りて、同行の僧は手足痛みことの外にくるしむ、又唾お飲みこみし僧は、つねにかはることなく、行法とヾこほりなく満願成就したりとぞ、おもふに、この唾お飲みこむの方は効験さもあるべくおぼゆ、唾は身液なれば吐かずして飲まば、身体の潤おまさんことことわりあり、常の養生にも心得あるべし、已に遠唾高枕、寿お損すと、医心方に見えたり、