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農喩
第四 天災地変の事 卯年〈◯天明三年〉凶作にてきヽんたりし事、天よりは災お降し、地にも変ありしよりおこれり、其故は前年の寅の冬より、気候いつもとは大きにたがへり、夫冬はさむかるべきにさはなく、其十二月甚あたヽかにて、まづ菜種の花などさきそろひ、又は笋お生じ、陽気春に似て三月比のごとし、且時ならざる雷雨度々あり、殊に大坂にては、御城の門に雷おちて焼しと聞えし、極月にかくある事は、前代未聞の天災たりとて、人々おそれおのヽけり、扠其年も暮て、明れば卯の年となりぬ、此春はなほさら暖ならんとおもひしに、冬とは引かはりて、寒気甚しくありけり、其上雨のふる日おほくして、晴天はまれなりし、されども夏に及びしに、麦作はいつもとさまでのちがひもなくとりけり、かくて五月になりぬれば、暑気の節たれどもさはなくて、田植の時にいたれども、余寒なほさらず、人皆綿入お著て、火にあたるほどなれば、此さむさにては、作物不熟たらんと察せられしかば、穀物の直段諸国一同大きにあがれり、